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2018/03/12

アレルギー疾患をもちながら生きることへの、コペルニクス的転換





『夜と霧』。

高2アレルギーっ子、最近、倫理の授業でこの本をテーマに学んだそうです。
恥ずかしながら、この歳まで「夜と霧」を読まないままオバさんになってしまったゆうこりん。(;´Д`)
「ママって何にも知らないのね」と言われながら娘に解説してもらいました。


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ユダヤ人で心理学者で医師である著者フランクル。
想像を絶する残酷なアウシュビィッツ収容所での生活を観察し、収容所にいる人々の心理を描いた世界的ベストセラーです。

フランクルは、収容所での生きるか死ぬかの極限の緊張状態の中、「生きる意味」を問います。
以下、池田香代子氏による2002年の新訳から一部抜粋。


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ここで必要なのは、生きる意味についての問いを180度方向転換することだ。

わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているのかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。

哲学用語を使えば、コペルニクス的転換が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。

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む、むずかしいね。。。

娘は母に解説しました。

「理不尽な状況や運命になぜと問うのではなく、
その運命が私になにを問うているのか。
その意味を考えるんだよ」と。



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そして、この授業のおわりに、先生からこんなお題が出されたのだそうです。

<フランクルの述べた「コペルニクス的転換」とはどういうことか。自らの体験、経験を交えて理解した範囲で述べよ>

お、お題もむずかしい。。。
高校生ってこんな難しいこと勉強してるんだっけ。


でも、今回、なぜ娘がこの話題を私に話してきたのか、理由がわかりました。

いつも確認印しか押さない先生が、娘の書いた文章を読んで、「感動しています。高校生にして、ここまで適確にフランクルを理解し、自分自身と結びつけることができるのですね…!!」というコメントを書いてくれたのがうれしかったんですって。

読んでいい?と聞くと、娘は恥ずかしそうに「いいよ」とうなづきました。

読みながら、私はいろんな感情がこみ上げてきました。
これさー。ブログに載せていいかなーと聞いたら、娘からまたもや「いいよ」と許可が出たので、紹介させてください。


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<お題:フランクルの述べた「コペルニクス的転換」(180度変えた視点)とはどういうことか。自らの体験、経験を交えて理解した範囲で述べよ> 


私は生まれたときから重篤なアレルギーがある。今は昔より食べられるものも増えて、よくなってきた。けれどやはり、ふとしたときに、アレルギーでなければどんなに良かっただろうと思ってしまう。

食事面での心配があるからと、短期留学のチャンスを逃したり、外食先での手違いでアレルギーのあるものを食べて救急車で運ばれたことは3回もあった。

両親にもたくさん心配をかけて、どうして私はアレルギーをもって生まれてきてしまったのだろうと思うことが何度もあった。

けれど、この学校に入学してすぐの頃、養護の○○先生から、
「ぴろりんちゃんは、今までたくさんの人に支えられて、助けられてきたでしょう。今度は、あなたも他の人を助けていく人になってね」
と言われたことが、私の考えの“コペルニクス的転換”となった。

「どうして私は…」ではなく、私だからできることはなんだろう、と考えることができるようになった。

普通は誰でも、逃れられない運命を前にして、「どうして」と“私が”運命に問いかけてしまうものだ。
けれどその“運命が”私に何を問いかけているのか、という考え方への転換、それがコペルニクス的転換だ。

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「アレルギーでなければどんなに良かっただろう…」と書いた娘。
娘はいままで、この言葉を家族の前でつぶやいたことはありませんでした。

病気なんて、ないほうがいいに決まっている。
お姉ちゃんが気軽に海外旅行に出かけていくのを、うらやましそうに、でも自分にはムリだと感じているのも知っていたよ。

今まで家族にも話さなかった思いだけど、少しおとなになった今だからこそ、自分を客観視して語ることができるようになったのかもしれません。



短い文章の中ですが、
「重篤なアレルギーをもっているという運命が、私に何を問いかけているのか、その意味を考えることができるようになった」
と書いた娘に、おおきな成長を感じています。

娘との17年間は、ほんとにいろんなことがあったし、治療はまだまだ続くけれど、子どもはちゃんと前に進む力を持っているのだと感じることのできる文章でした。




このブログを見てくださっている方の中には、いま、親子でつらい、くるしい思いをしている方もたくさんいると思いますが、子ども自身の前に進む力を信じて、自分の力で乗り越えていく経験を一つひとつ積みかさねていけたらいいなぁと思っています。

わが家も娘が自立してひとりで生活できるまで、あともう少し見守りたいと思います。



わが家のアレルギーいろいろ